【犯罪者=外山恒一(傷害罪・名誉毀損の前科2犯)と親密交際中!】 鹿児島市 不祥事・醜聞 市議会議員 野口英一郎。 福岡法曹界の親不孝息子 矢野通彦 【犯罪者=外山恒一(傷害罪・名誉毀損の前科2犯)と親密交際中!】 政治と社会 ☆ 政治と社会 ☆ 総合掲示板 プラスワンにもどる!! ☆
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【犯罪者=外山恒一(傷害罪・名誉毀損の前科2犯)と親密交際中!】 鹿児島市 不祥事・醜聞 市議会議員 野口英一郎。 福岡法曹界の親不孝息子 矢野通彦 【犯罪者=外山恒一(傷害罪・名誉毀損の前科2犯)と親密交際中!】

01名前:鹿児島県民有志一同  発信日 :2003年 1月 10日(金) 23時15分
犯罪者=外山恒一の履歴
氏名   外山恒一
年齢   1970年7月26日生まれ
本籍   鹿児島県姶良郡隼人町住吉96番地の2
住居   福岡県福岡市南区高宮4丁日14番35号 結城アパート1号室
職業   自称「革命家」
+++ 告発せよ!!! +++
鹿児島市議会の不祥事議員!!!
野口英一郎を告発せよ!!!!
鹿児島市議会の不祥事議員、野口英一郎は、こともあろうに鹿児島市民の信頼と負託を受け、鹿児島市民の血税から給与を得ていながら、犯罪者&変質者の外山恒一と現在中、親密交際中である!!!

この犯罪者&変質者の外山恒一ですが、野口英一郎市議と同郷の鹿児島県出身で、現在、福岡市内に居住している模様であります。
さて、犯罪者&変質者の外山恒一の経歴を簡単に申し上げますと、極めて反社会的・反常識的人間といえます。
以下、犯罪者&変質者の外山恒一の履歴を個条書きに挙げてみます。

1 高校中退を二回している。
2 現行の学校制度・社会システムに対する異常な敵意と憎しみをたぎらせている。
3 「反教育」を標榜し、学校制度に対し、反発する団体をいくつも結成し、活動。
4 反社会的な言論活動を続け、自身でも、その旨を吹聴している。
5 同じ活動家仲間の女性に対するセックス、暴力行為、性犯罪まがいの行為。
6 かつての同じ活動家仲間への「テロ行為」におよぶ。
7 暴力行為におよんだ元恋人から刑事・民事両方の傷害容疑で、告訴される。
8 その裁判に対し、「裁判のエンタテイメント化」をもくろむなど、司法制度に対する不謹慎な行動をとり、裁判官からの心証を最悪なものにする。
 

また、法廷内においても、自分自身を「革命家」と強弁するなど、偏執狂・精神分裂病者的側面が極めて強く、実際、病院の精神科への通院歴もあり、「精神の半病人」と考えて、差し支えありません。
更には、先日、国選弁護人の塩川弁護士と口論になり、逆上した塩川弁護士側が、110番通報し、駆けつけた数人の制服警官に説諭されるという明らかに常軌を逸した行動をとるようになっております。


有権者の血税を受け取りながら、この犯罪者&変質者の外山恒一と黒い交際を続けている不祥事 鹿児島市議会議員、野口英一郎を告発せよ!
法と市民の良識の名の下に不祥事 鹿児島市議会議員、野口英一郎を告発せよ!!!

+++ 懲戒免職にせよ!!! +++
福岡県大野城市の食品工場勤務の不良従業員!!!
矢野通彦を懲戒免職にせよ!!!!
福岡県大野城市の食品工場勤務の不良従業員、矢野通彦は、こともあろうに父親が、法と秩序を守る元裁判官、現在、弁護士でありながら、犯罪者&傷害犯&変質者の外山恒一と現在中、親密交際中である!!!
◆不良従業員、矢野通彦の個人情報◆

1 矢野通彦は、実名。
2 富山県出身。後、福岡市に転居
3 父親は、福岡県で元裁判官。後に弁護士。
4 「外山裁判」に積極的に関わり、弁護士の父親から罵倒される!


福岡法曹界の親不孝息子 矢野通彦の履歴書
1973年10月29日
富山県富山市生まれ。
1974年
家族と共に福岡市西区鳥飼(現・城南区鳥飼)に転居。
1980年3月
福岡県福岡市南区平和に転居。
1980年5月
薬院の福岡スイミングクラブ(現在は鳥飼にある)に入会(1984年、退会)。
1986年3月
福岡市立西高宮小学校卒業。
1989年3月
福岡市立高宮中学校卒業。
1992年3月
福岡県立筑紫高等学校普通科卒業。
1996年3月
徳山大学経済学部経済学科卒業。
1997年6月
福岡中央郵便局第一集配課(外務アルバイト)「福岡特急郵便センター」に配置される。
1997年8月
「福岡特急郵便センター」→「福岡新超特急郵便センター」に改称。
1998年8月
郵政職員採用試験(外務職・北九州)を受験→1次合格。 全日本郵政労働組合・福岡中央支部から勧誘される、2次不合格。
1998年9月
国家公務員採用3種試験(郵政事務A・北九州)を受験→1次不合格。
1999年初頭ごろ
テレビ朝日「ジャングル」で東京の「だめ連」を知り、強い衝撃を受ける。
1999年5月
スポーツクラブに入会(イムズ11階のスパ天神、2001年2月退会)。
1999年6月
「だめ連・福岡」の伊藤君と会う。以後、たびたび交流。
1999年7月
第一集配課→第一集配営業課に改称。叔父が、博多郵便局郵便窓口課から福岡中央郵便局郵便課に移る。
1999年8月
郵政職員採用試験(外務職・北九州)を受験→1次合格、2次不合格。
1999年9月
かつて、反管理教育運動をしていた福岡の革命家・外山恒一と会う。
1999年11月
「福岡新超特急郵便センター」から退く。
1999年12月
叔父を頼って(?)郵便課に移る(内務アルバイト)。主に大型二次区分(全国)を担当。
東京アカデミー福岡校「夜間部・国2パーフェクト経済コース」に入学。
2000年7月
東京の喫茶「あかね」訪問。
2000年8月
郵政職員採用試験(外務職・北九州)を受験→1次不合格。 受験後、インターネットカフェにはまる。
2001年1月
郵便課から退く。 これで、実質3年7ヶ月バイトした福岡中央郵便局から撤退。
2001年2月
古河ファイテル部品・新門司事業所に派遣期間工として入るも、試用期間満了で解雇される。(派遣会社・タイアップ) 。
外山恒一裁判の傍聴、3月27日の民事第1回公判後、弁護士の父親から叱責を受け、罵倒される。
2001年3月
築地銀だこ・西鉄高宮駅店に入る。
2001年5月31日
福岡市博多区東雲町に転居。
2001年8月
郵政職員採用試験(外務職・南九州)を受験→1次合格、 2次不合格。
2002年2月
福岡県大野城市の食品工場に就職。
2002年4月
自称「革命家」外山恒一、何度も肉体関係を持ち、外山恒一の精液による妊娠と妊娠中絶をさせた「元恋人」日高明子に対する傷害事件で、控訴審判決、出る。
有罪実刑判決 懲役10ヶ月。その後、最高裁へ上告。
2002年5月15日
自称「革命家」外山恒一、福岡県の女性弁護士に対する名誉毀損容疑で告訴され、福岡県警に逮捕され、県警内での拘留・取り調べ生活、始まる。
南日本新聞など、地元マスコミに「外山恒一、逮捕」と実名でニュースが流れる。
2002年7月
自称「革命家」外山恒一、何度も肉体関係を持ち、外山恒一の精液による妊娠と妊娠中絶をさせた「元恋人」日高明子に対する傷害事件で、上告棄却。
有罪実刑判決 懲役10ヶ月が確定。
既決囚として、刑務所に投獄され、前科一犯としての囚人生活、始まる。
2002年10月10日
外山恒一の女性弁護士への名誉毀損裁判、第一審結審。
検察側の求刑、懲役1年。
2002年11月12日
外山恒一の女性弁護士への名誉毀損裁判の第一審判決下る。
実刑判決。名誉棄損として、懲役1年。

鹿児島市 不祥事・醜聞 市議会議員 野口英一郎
http://www2.synapse.ne.jp/entaku/

福岡法曹界の親不孝息子 矢野通彦
http://www2.msfactory.net/bbs2/bbs.cgi?room=mich27


02 名前:鹿児島県民有志一同  発信日:2003年 2月 8日(土) 02時14分
http://www4.justnet.ne.jp/~fuji-s/movement/index2.html

鹿児島市ののぐち英一郎と申します。
携帯mail は 09080857074@sky.tu-ka.ne.jp※50文字まで受信可能です。
E-mail は eiichiro-n@po2.synapse.ne.jp
ホームページは http://www2.synapse.ne.jp/entaku/ です。
※掲示板があります。お立ち寄り下さい!

以下が自己紹介です。
わたしのこれまでの歩みあるいは表現が、青さ丸出しの未熟者ですので不快な感じがされるかもしれませんので、視点や考察についてのお考えやご意見ご批評などいただければ幸いです。

http://ww7.tiki.ne.jp/~newestleft/i3-1-9.html
http://www4.justnet.ne.jp/~fuji-s/movement/0110/subcul.html

03 名前:鹿児島県民有志一同  発信日:2003年 3月 7日(金) 23時26分
http://www4.justnet.ne.jp/~fuji-s/movement/index2.html

 1971年11月6日伊集院町生まれ、3歳から6歳まで与論島在住。水泳・グラスボート・畳が浮く台風を体験する。よく担任に集団問責から教材やコブシで頭をしょっちゅうド突かれる市内の小中高9年間を経て札幌大学に入学、在学中は人権、環境、平和運動に奔走。米国ネブラスカ州に奨学留学10ヶ月。
 現代日本では、自治体議員が自分の考えるまちづくり活動に、最も深く関われる場所の一つであると、たくさんの汗と涙の上に痛感。
 1995年4月に帰鹿、フリーペイパー創刊、既存のカテゴライズを横断する文化芸術デザイン集団提唱、仏核実験抗議座り込み、奄美大島の移入種マングース問題、女性政策課ヴォランティア など公に声と文字を体を使った表現を出し始める。
 1996年から大好きなインテリアより政経問題で熱くなった面接を経て、インテリアショップでサラリーマン生活始めるも住宅産業と環境保護と歪んだ経済のはざまに悩みハ ゲなどつくり心身すり減らし痛みを抱え98年退社。肉体労働を複数経て21世紀のエネルギー政策修行のため離鹿、4畳半でUAの声がしみる日々を過ごす。99年は水泳コーチと財政と海洋環境崩すだけの公共事業である鹿児島県錦港湾の人工島市民投票運動事務局さらに自主上映、野外芝居などにも尽力。
 2000年鹿児島市議選当選. 水と緑を守り、お茶の間に議会を近づけようと倒れこむまで努力を重ねる日々。今年 8月からこれまでにない経済困窮を見越し住域とホーム ペー ジで地域通貨「アース」の試用開始、目下ろう者運動と、多重債務に苦しむ方々のために、利得など一切無縁の雇用創出に柔らか頭とガソリン消費を抑えるべくスクーターでコツコツと地道な毎 日。
 2002年からは性感染症をはじめ、世の前提を問い考えてゆく空間運営と自主講座そして市議インターンを構想中。この数年間はフォーカスとバランスを特に大事にしている。昨年6月以来毎週水曜日ちいさなまちづくり会を継続しており、「NAM」と「経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか」の読書会も開催中。ステレオタイプとしての政治家らしい、夜の飲み会皆無の喫茶店とJAZZが好きな29歳。以上です。

のぐち英一郎
〒892−0811
鹿児島市玉里団地3−14−11

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04 名前:編者・外山恒一  発信日:2003年 4月 12日(土) 05時38分
自慰MEN'99発行の経緯     編者・外山恒一
 「自慰MEN'99」は、外山恒一と松井健太の呼びかけにより開催された、男性だけで互いのオナニー経験について、赤裸々に語り合ってみよう、という趣旨の座談会である。
 開催にあたっては、男性自身も漠然と抱いている「男の性欲」に関するステレオタイプなイメージ(「男は『見る』ことによって興奮する」とか)を、本当のところはどうなっているのか、まず確認し、その結果、いかんによっては、解体していく一助にしたい、とのきわめて「メンズリブ(男性解放)」的な問題意識が背景にあった。
 座談会の内容をふりかえると、単なるエロ話に終始している箇所なきにしもあらずだが、ほんのりと、初発の問題意識も反映されているような気がしないでもないようなやっぱりしないような気がしないでもない。
 問題意識とは別に、エンタテインメントとしてどうか、という点も、ぼくがミニコミ等の作品を発表する時の大切な基準で、今回は、これを読んだ人が、自分も自分のオナニーについて語りたくなってくれば成功だと思っている。
 読者の中から、女性版『自慰MEN』を企画する女性が出てくることも期待しているが、それ自体が、男にとってはオカズになりかねないなあとも危惧している。

 座談会参加者の多くは、「だめ連・福岡」のメンバーである。
 当初、3月14日の座談会のみを予定していたが、この時期、「だめ連・福岡」周辺では、連日、なんらかのイベント目白押しで、メンバー間に交流疲れが蔓延し、いざフタを開けてみると、当日は外山・松井の他に2名しか集まらなかった。
 そこで、翌15日、別の用件で来福した東京の友人・鹿島拾市の歓迎交流会の席で、男性のみ残っての2次会を提起、もって2度目の座談会とした。
 テープ起こしは、外山がおこなった。

座談会参加者
第一回 (1999.3.14)    第二回 (1999.3.15)
外山恒一 28歳        外山恒一 28歳
松井健太 21歳        松井健太 21歳
中原荘司 28歳        明石和秀 27歳
遠藤修   22歳        藤田進也 27歳
                  高橋吾郎 25歳(本名、福原史朗)
                  鹿島拾市 30歳

http://ww7.tiki.ne.jp/~newestleft/gmen.html

05 名前:外山恒一 (主宰者)  発信日:2003年 5月 8日(木) 07時30分
恋愛実験推進協議会(恋実協)活動方針案
 スローガン……「ラジカルな恋愛」もしくは「ラジカルな性生活」

 フェミニズムを「性的次元における人間解放思想」ととらえた上で、あくまでもフェミニズム団体、フェミニスト団体として行動する。
 フェミニズムを単に議論の題材にしたり、研究対象とするにとどまらず、現実に生活に持ち込み、うちたてた仮説を実験・実践する。

 実際の活動
 ビラまきなどをつうじてメンバーを募り、男性女性とも5人ずつ、計10名となったところで、正式に発足し、活動を開始する。
 メンバー採用にあたっては、容姿を問わず、「性・恋愛」をテーマとした小論文で合否を判定する。
 たんに「ヤリたいだけ」の奴は排除。
 「1対1恋愛イデオロギー」の超克を活動目標のメインに据える。
 月に一度、ラブホテルで集会をおこなう。
 ホテル代はメンバー全員で割り勘にし、乱交する。
 必ず、異性5人全員と平等に性行為におよぶ。
 同じ部屋で、全員でおこなう形式、5部屋とってクジ引きで、交互に相手を変える形式など、さまざまに試してみる。
 また、一週間、毎日、相手を変えて、セックスするなどの実験。
 「恋愛感情」と「性欲」と「独占欲」を混同しない訓練。
 「彼氏・彼女」の概念を放棄する訓練。
 「独占欲の放棄」が最重要課題。
 「恋愛感情」「性欲」は可だが、「独占欲」は禁止。
 メンバーに独占欲の顕現があった場合は、全員で糾弾。
 同性愛的な実験も試す。
 定期的な学習会。
 さまざまなフェミニズム理論・言説の検討。
 またさまざまの社会現象をフェミニズム的視点で検討。
 たんに「ヤリたいだけ」の奴を排除するためにも、学習会への参加は、義務化する。
 「1対1恋愛イデオロギー」の特に悪質な宣伝については抗議行動を組織する。
 これまでの例で云えば、エイズ予防キャンペーン政府広報ポスターのキャッチフレーズ「あなたにはわたしだけ、わたしにはあなただけ」などが抗議すべき対象の典型。
 また、芸能人の性的スキャンダルなどについても声明を発表。
 活動内容を詳細に記録し、単行本化、ビデオ化して活動資金とする。

06 名前:編者・外山恒一  発信日:2003年 6月 6日(金) 06時22分
自慰MEN  1   〜〜使っちゃいけないオカズ〜〜
外山 中原くんは、松井くんのオナニー話の内容は、すでに一度聞いてるよね。
中原 うん。こないだ聞いた。
外山 残念。まだ聞いてない人に一人ぐらい参加してほしかったなあ。
中原 自分では了見広いつもりでいたけど、松井くんのオナニーは許せない。
遠藤 近親相姦の話でしょ。
中原 許せないというか、不思議。エレクトしたものも萎んでいくような気がするんだよね、親を想像するなんて。
外山 Fくんという友人がいて、右翼青年なんだけど、今日の昼間に彼のオナニー話をちょっと聞いたんだよ。結構、すごかったよ。松井くんと張り合えるのはFくんぐらいだな。
松井 どんな話?
外山 「使っちゃいけないオカズ」みたいな話題になったんだよ。Fくんが、「あ、思い出した」とか云って、自分の経験として挙げたのが『留置場――女たちの告発』って本(笑)。要は留置場での、看守とか取調官によるセクハラ行為を告発する内容なのよ。
松井 それは別にヘンじゃないでしょう。
外山 執筆陣が聞いたら怒るよ(笑)。「もちろんオカズのために買ったわけじゃないんですけどね」って云ってたよ。「初めからオカズにするつもりで買う人はいないだろうけど、読むとオカズになっちゃいますよね」って。続編は、オカズ目的で買ったらしいけど(笑)。
松井 ぼくには理解可能な範囲ですよ。収容所とかナチとかって、結構、性的な妄想に結びつきやすいじゃないですか。たぶん、それと似たような感じですよ。
遠藤 松井さんには、早く文章でのオナニーに目覚めてほしいな。
松井 やろうと思えば、たぶんできますよ。だけど抵抗がある。すごく変態な気がするんですよ。
遠藤 恥じらいがあるんだ。
松井 ビデオとかに比べると……。外山さんは小説とかでオナニーしたことあります?
外山 ない。遠藤くんは、たしか大江健三郎で……。
遠藤 違いますよ、中上健次です。
外山 あ、そっか。ちなみにFくんは谷崎潤一郎だった(笑)。
遠藤 『卍』とかですか?
外山 『痴人の愛』がいいとか云ってた。――あ、そうそう。Fくんとのオナニー談義で、ぼくは、どうもそういう変態的なオナニーはやってないって話をしたら、Fくん、「でも、例えばマリー・アントワネットとかジャンヌ・ダルクの処刑の場面とか想像しながらオナニーしたことはあるでしょ?」って。「あるでしょ?」って訊かれても……(苦笑)。あと、岩波新書の『魔女狩り』(笑)。Fくんは変態だよ、やっぱり。
遠藤 処刑のシーンに興奮するってのは、どういうことなんですか?
外山 それはFくんに改めて訊いてみないと分からんけれども、たぶんSMチックな妄想じゃないかなあ。
中原 残酷趣味みたいな人は、一定いるでしょう。
外山 Fくんにも彼なりの「越えてはならない一線」みたいなものはあるらしくて、「南京虐殺とか想像してやるのは変態だ」とか云ってたよ(笑)。
松井 Fくんと同意見ですね。
外山 ぼくには、よく分からないけど。なんで火あぶりならよくて、首切ったりするのはダメなのか、線引きの基準が不明。
松井 火あぶりとかなら、縛られてるシーンとか想像する分には興奮するし、そんなに残酷でもないでしょ。
中原 その人は、反体制の人とかが殺されるシチュエーションに欲情するのかなあ。
外山 うん。「そんなことされるために運動してきたわけじゃないのに、無情に殺されていく気持ちはいかばかりか……」って云ってた(笑)。
松井 よく分かるなあ。
外山 分かりません(笑)。やっぱFくんと同等なのは松井くんだけだ。――松井くんのオナニー話は、もうさんざん聞いたけど、遠藤くんと中原くんの話は、まだあんまり聞いてないよね。

07 名前:上山高史 (福岡在住のイラストレーター)  発信日:2003年 7月 4日(金) 07時33分
上山高史の陳述
(福岡在住のイラストレーター。犯罪者=外山恒一の知人。過去、数年間、犯罪者=外山恒一と行動を共にしている。反社会的な外山とともに余罪・違法行為を犯している可能性あり。要調査対象人物。今回の裁判でも、明らかに外山寄りの陳述を行った。外山シンパの一人) 
 
 私は、昭和45年10月4日生まれで、現在、30歳(当時)のイラストレーターです。
 外山さんとは、97年の夏ごろ、外山さんが個人情報誌『じゃまーる』で仲間集めをしているのを目にして、連絡をとったことで付き合いが始まりました。
 私が、外山さんと知り合った頃には、すでに外山さんと日高さんは交際していたようですが、外山さんは、あまり私的な恋愛関係を公の場に持ち込まないようふるまっていたようで、2人が交際しているのを知ったのは、だいぶ後のことでした。
 当時、日高さんが、どのように生活の糧を得ていたのかは知りませんが、外山さんが、昼夜を問わず、頻繁に開く交流会等の席に、日高さんは、ほとんど毎回、参加していたので、あるいは働いていなかったのかもしれません。

 私は、持病を抱えており、時折、長期入院することがあるのですが、98年初頭、その入院の時期に、『じゃまーる』で外山さんが形成したネットワークが分裂するという騒ぎがあったようで、残った外山さん、日高さん、伊藤くんらが新たに結成した「自由民権運動・ラジカル九州」というグループは、政治色が強く、政治的なことにあまり関心のない私は、自然に外山さんたちと疎遠になってしまいました。

 再び、外山さんから、イベントへの誘いが久しぶりにあったのは、99年3月のことでした。
 その席には、日高さんはいませんでしたが、どうやら外山さんと日高さんとの仲が、少しこじれはじめているらしいことを、ちらっと耳にした程度です。

 それからまもなく、私は伊藤くんから、突然、呼び出しを受け、伊藤くん宅へ行きました。
 すると、そこには日高さん、矢部・山の手コンビ(渡辺、石川)と彼らが、東京から連れてきたらしい前歯の欠けた女性が1名、江藤美恵さん(ヘンリー)、福原史郎くんなど、7、8名が集まっていました。

 外山さんの云うところによれば、それが、いわゆる“外山欠席裁判”だったらしいのですが、私が到着したのが、かなり遅かったこともあって、外山さんに関する話は、すでに終わっていたようでした。

 この99年初頭から、日高さんと外山さんの不仲が、徐々に深まっていっていたそうですが、前述のとおり、私は、99年3月くらいから、それまで疎遠になっていた外山さんとの関係が復活したばかりだったので、事情はよく知りません。
 私が知っているのは、2人の破局が決定的となった5月以降のことで、その頃には、外山さんは、私に状況説明などをいろいろとしてくれるようになっていました。

 落ち込んでいる外山さんをいくらかでも元気づけようと、私は、以前からたびたび出入りしていた芸術家のサークル「大耳レーベルの夕べ」に外山さんを誘いました。
 その頃、テント芝居の制作にも関わっていた外山さんは、芝居の宣伝を口実に、毎回のように同サークルに顔を出すようになり、また、そこで、たくさんの若い女性と仲良くなって、徐々に元気を取り戻していくかに見えました。
 それが、99年6月から7月にかけてのことです。
 しかし、外山さんが日高さんのアパートの窓ガラスを割った7月末から、日高さんと直接の連絡がつかなくなったという8月にかけて、外山さんは、またすっかり憔悴し、落ち込んでしまいました。

 私も、外山さんのところにかかってきたという船岡くんからの留守番電話メッセージの録音(乙第60号証)を聞かせてもらい、船岡くんは精神異常ではないかという印象を持ちました。

 私は、その時期、他に友人もほとんどいない状態で、2、3日に1回ぐらいのペースで、頻繁に外山さんのアパートを訪れていました。
 外山さんのやつれ具合は、かなりのもので、私は外山さんの姿を見ていて「これはすっかり鬱状態だな」と感じました。空のビール缶が、部屋じゅうに散らばっており、アルコール依存の程度もかなりのもののようでした。

 外山さんは、とにかく日高さんの話ばかり繰り返し、たまに「刺す」とか「殺す」とか口走っていました。
 「監禁して、猿ぐつわをはめて、入れ墨を彫ってやる」などとも云っていました。

 かと思うと、突然、何か神がかったことを云い始めたりもしました。

 私はそんな外山さんの様子を見て、目つきや口調、話す内容や雰囲気を含め、かなり危ないし、怖いなあと思い、一刻も早くその場を逃げ出したい気分でしたが、先述のとおり、私には、その時期、外山さんの他に友人らしい友人もおらず、仕方なく、外山さんとの友達づきあいを続けていたという状態でした。

 その時期の外山さんが話す内容は、「相談」といったものではなく、単に状況報告的なものでした。
 私は、外山さんが狂いつつあると思い、外山さんにもそのように云ったこともありますが、外山さんは、自分が狂っていることを頑として認めようとはせず、「いやぼくは冷静だ」などと云っていました。

 「刺す」「殺す」を、外山さんが本当にやってしまうのではないかと心配で、「やめといた方がいいよ」などとやんわりと忠告したりもしましたが、私にできることは、悲惨な結果だけにはならぬよう、内心で願うことだけでした。

 私の見る限り、当時の外山さんには、ほんの少しの理性がかろうじてまだ残っているという状態で、その最後の一線を踏み越えないよう支えているほんの少しの理性を失ったら、かなり恐ろしい大惨事になるだろうと思いました。

平成13年8月21日 上山高史 印


08 名前:上山高史 (福岡在住のイラストレーター)  発信日:2003年 8月 1日(金) 09時17分
(福岡在住のイラストレーター。犯罪者=外山恒一の知人。過去、数年間、犯罪者=外山恒一と行動を共にしている。反社会的な外山とともに余罪・違法行為を犯している可能性あり。要調査対象人物。今回の裁判でも、明らかに外山寄りの陳述を行った。外山シンパの一人)

お笑い同志 第1回 上山高史(外山恒一の知人)

上山高史は「お笑い研究家」を自認するイラストレーターである。
このコーナーでは、彼が偏愛するお笑い芸人を、毎回イラストで紹介してもらう。
回によっては、彼のコメントが付される場合もある。(外山恒一編集長・記)

http://www4.justnet.ne.jp/~fuji-s/movement/0110/tonmu.html

09 名前:上山高史 (福岡在住のイラストレーター)  発信日:2003年 9月 4日(木) 23時40分
(福岡在住のイラストレーター。犯罪者=外山恒一の知人。過去、数年間、犯罪者=外山恒一と行動を共にしている。反社会的な外山とともに余罪・違法行為を犯している可能性あり。要調査対象人物。今回の裁判でも、明らかに外山寄りの陳述を行った。外山シンパの一人)

お笑い同志 第3回 上山高史(外山恒一の知人)

上山高史は「お笑い研究家」を自認するイラストレーターである。
このコーナーでは、彼が偏愛するお笑い芸人を、毎回イラストで紹介してもらう。
回によっては、彼のコメントが付される場合もある。(外山恒一編集長・記)


最近、『氣志團』に心奪われっぱなしです。(上山高史のコメント)
http://www4.justnet.ne.jp/~fuji-s/movement/0201/tonmu.html

10 名前:編者・外山恒一  発信日:2003年 10月 3日(金) 22時49分
自慰MEN  2   〜〜中原荘司の性界大冒険〜〜

【中原】 ぼくはノーマルだよ。オカズのバリエーションもそんなに多くないし。
【松井】 でも好みの傾向とかあるでしょ。映像かエロ本か想像かってのもあるし、好きな女の子のタイプとかもそれぞれ違うだろうし……。
【中原】 うーん……オナニーの話に限定しなければ、おれもかなり変態だと思うけど……。
【松井】 そこらへんをいろいろと……(笑)
【中原】 録音されてる場で自分の性癖を発表するの? まあいいけど(笑)。――おれはもう、フツーの女の子には反応しなくなってる。高校時代ぐらいが一番、性的欲望は旺盛でしょ。その頃はおれもノーマルで、ボーイッシュ系の正統派美少女、内田有紀みたいなのが好きだったんだけど、初体験を済ませると……。
【外山】 いくつの時?
【中原】 遅かったよ。19。
【外山】 ぼくの方が遅い(笑)。
【松井】 ぼくも19です。
【中原】 やってみると結構ガッカリ。たいしたことないなあって。もっとアレしようコレしようとか、オッパイ揉むのって楽しいんだろうと思ってたのに……。
【外山】 「労働」になっちゃう?
【中原】 2、3分もすると、「おれ何やってんだろな」みたいな。それでいろいろ探求心が芽生えてきた。
【外山】 初体験の前に思ってた「アレしたいコレしたい」とは?(笑)
【中原】 あんまり根拠はなかったんだけど、たぶん自分はマゾなんだろうとイメージしてて、要するにフツーの女が男に対して求めるようなセックスを、おれは女からされたいと思ってた。
【遠藤】 分かります分かります。
【中原】 そんでこれまでにSMもやったし、ニューハーフと寝たし、おばあさんと寝たし……。
【外山】 探求してるねえ(笑)。
【松井】 すごいなあ。
【中原】 手を出してないのは20以下ぐらいだな。ガキは嫌いだから。
【遠藤】 男とも寝たことが?
【中原】 完全な男とは、車の中でのデートまで。寝たニューハーフってのは、見た目は完全に女。
【松井】 オッパイもあるんだ。
【中原】 うん。かわいかったよ。――そんで、すでに大抵のことはやったから、最近はもう、この世に存在しないものが欲望の対象になってきて……。
一同 (苦笑)
【中原】 困ってるんですよ(笑)。
【外山】 この世に存在しないもの、って……。
【中原】 理想はアンドロギュノス、つまり両性具有。だけどそんなのムリだからね。現実的なレベルで云うと望ましいのは、まず背が180以上あって、目が少し離れてて、そんでちょっと心に傷を負ってて……(考え込む)、そんなの。
一同 (爆笑)。
【中原】 エッチとかほとんど経験したことないんだけど、性欲バリバリで、家でオナニーばっかりしてるような女がいい。
一同 (笑いつづける)
【中原】 歪んでるでしょ?
一同 確かに。
【中原】 おれ、実はたぶんセックス自体がそんなに好きじゃくて、異常性というか、なんらかの付加価値がないと欲情できないみたい。去年、120キロぐらいある女の子と、興味があったからエッチしたんだけど、つまり「男優位」ってセックスがおれはイヤなんだよ。最低でも「五分」でわたり合いたい(笑)。バトルをやって組み伏した、みたいなセックスがやりたいの。だから巨大な女の子とならそういうセックスが実現できるだろうと思ってやったみたら、その後、相手がストーカーじみてきて大変だったんだけど……。それでも結局、いまだに100%満足したってセックスはやったことなくて、まだ探してる状態。おれが求めてるのは一体何なんだろう?
一同 (爆笑)
【遠藤】 却ってオナニーの方が良かったりする?
【中原】 でもオナニーとセックスは別じゃん。
【外山】 オナニーでは、そういう「異常性」みたいなのを求めたりはしてないの?
【中原】 少しはあるよ。おれは基本的に本を使う派なんだけど……。
【外山】 本ってのはつまりエロ本のこと?
【中原】 そう。入院する時だけ、官能小説を5、6冊携行することもあるけど、ふだんはエロ本。でもフツーのキレイな女の子が脱いでてニコニコしてるようなのは買ったことがないし、見ても勃たない。
【外山】 じゃあ、SM雑誌とか?
【中原】 えっと何だろう。『熟女倶楽部』……。
【外山】 はあ(笑)。
【中原】 『ミストレス通信』とか……。
【外山】 それはどういう?
【中原】 女王様系。
【遠藤】 ツジツマ合ってますよね(笑)。つまり年齢とか体力面とか、何らかの要素によって中原さんと五分に渡り合ってくれる相手……。
【中原】 うん。あるいは、フツーの男が見向きもしない、相手にもしたくないって女の人とエッチをすることによって、「おれはなんてすごい人を相手にしてるんだろう」という、ちょっと背徳心めいた気持ちになるような(笑)。
【遠藤】 マッチョへの憧れみたいなものかなあ。
【外山】 ん? マッチョな女性に憧れるって意味?
【遠藤】 いや、自分がマッチョでないことに対するコンプレックスの裏返しなのかなあって……。
【中原】 それはない。マッチョになりたいとか、全然思わない。そもそもマッチョ嫌いだし。だけど本能的に、男は襲う側、みたいなのがあると思う。逆に女も「強引にされたい」と思ってるじゃん。そういう意味で、おれが女の側になって、女が男に対して求めるようなセックスを、おれが相手の女に求めてるの。だいたい自分の側から誘ったりすること自体イヤだもん。
【外山】 襲われたい?
【中原】 うん、いいなあ。もう相手がブスクレだったりとか、そういうのであればあるほど燃えるなあ。
【外山】 うぉー、ほんとに倒錯してる……(身悶え)。

11 名前:外山恒一  発信日:2003年 11月 8日(土) 01時46分
福原 史朗 (故人。2001年7月、自分の人生に行き詰まり、自殺)

 福原史朗は、ぼくの反管理教育運動時代からの、10年以上におよぶ長い付き合いの仲間である。
 反管理教育運動を終えてからも、ちょくちょく会っていたし、後に結成した「自由民権運動・ラジカル九州」のメンバーでもあった。
 ここ最近、ちょっと疎遠になっていたが、2001年8月20日、急用があって彼の職場を訪ね、その約3週間前に彼が、自殺していたことを知った。
 彼は、確かにこの世界に生き、共に歴史を作ってきた。

 また、自慰MEN 99.3.15の座談会に参加している「高橋吾郎」は、史朗の偽名である。
 これ、バラすと死者にムチ打つことになるかなあとも思うが、ぼくが、そういう“人非人”であることくらい、史朗は、充分、承知のはずだ。

 外山恒一

12 名前:福原 史朗  発信日:2003年 12月 5日(金) 06時55分
福原 史朗 (故人。高校中退した人生の敗北者。2001年7月、どこまでも中途半端で情けない自分の人生にとうとう行き詰まり、自殺)

福原史朗 約8年目のユウウツ

 先日、なんとなくインターネットで怪しげに遊んでいたら、どういうわけかボクが通っていた高校のホームページなるものにたどり着いた。
 だからどうだ。というわけではないが、ボクはその高校を卒業してはいない。
 けれども、卒業しなかったからといって高校に対して「毎日が地獄」のような、嫌な思い出が浮かんだりもしない。
 テレビで時たま出てくる「高校中退や登校拒否をしても、それをのりこえてがんばっている」と、紹介される少年たちは、確かに明るく振る舞ってはいるけど、暗い。本質的に無理をしている。
 学校を捨て切れてはいないような気がする。
 ちょっと浮いていて、見ているこっちが恥ずかしくなり、ついチャンネルを変えてしまう。
 最後まで見ない自分が悪いのだけれど、結局何が言いたかったのか分からないケースが多く、消化不良でボクはあまり好きじゃないのだ。高校生討論のような番組もしかり。とにかくその不自然さが恥ずかしい。

 回顧したところで何になるわけではないが、高校生当時(約8年前)ボクは、キラリと光る臭い汗と、はけ口を知らない濃縮された精液と、「大人びたい」168センチ弱の好奇心を丸抱えし、高校生と言う身分を矛、「理解ある大人たち」の人間の壁を盾として、ただひたすらに「正義」や「人権」を乱射していた。
 と言うよりも、今考えると若気の至り連発。

 本当はそんな事考えてもいないのに「弱気を助け、強きを挫く」ようなふりをすることで、自分のマイナス面を勝手に帳消しにしていただけの、ちょっとだけ最先端で、小心者で知ったかぶりで、ムボーでビンボーなごく普通の高校生だった……と思う。
 まあ、今も本質はあまり変わってはいない。
 とにかく成り行き上、高校を辞めてしまった。

 今の今まで、人前では高校中退であることを後悔していないそぶりをしてきたが、そんなこと、実は、うそである。
 高校を3年で中退し、それからせこせこと働き、自活、他活を繰り返すその途中で「あーあ大学行ってればなー」と思うことは何度となくあった。
 それは、「コンパがしたい」とか「サークルでもてたい」とかいう単純で不純な理由では断じてなく、貧乏な生活の片棒を担いでいる「学歴社会の壁」がボクの優柔不断な心を揺さぶるのだ。

 だから、恥ずかしい話、今も大学生に対してコンプレックスがありまくる。

 「批判されても学歴社会」である。ゆとりの教育をいくらやっても、校則がなくなっても、コギャルのスカート丈がひざ上78センチになったとしても学歴偏重社会はなくならないだろう。
 とにかく、いざ何かしようと思うと必ず学歴がしゃしゃり出てくるわけで、結婚相談所……ではなく、就職からバイト、ナンパまで学歴は大手を振って歩いている。潜在的に学歴でその人との接し方を選んでいる人は多いような気がする。

 例えば仕事。ボクは「これがしたい!」とか言う仕事がないのだ。
 さっきの「高校中退や登校拒否をしても、それをのりこえてがんばっている」という話で、よく取り上げられているのは、親のすねをかじって生きていける、うらやましいけどお友達にはなりたくない人たちを別にしたら、大体、職人風の仕事を修行している人たちの話が多いと思うのはボクだけかなー。
 あと、音楽や芸術とかも多い。
 根性が欠けているボクは、こんな番組を見るたびに「学歴がないとこんなにしんどい思いをするぞ」と言われているようで、「これ絶対見せしめだ」と思ってしまうほどスレている。
 ニュースにならないからかもしれないが、登校拒否経験者や高校中退者がごくありふれたサラリーマン、と言うイメージ一般的にまるでない。

 今のところ何がしたいのかはっきりしていないボクは、職人風の仕事をしたいとも、自営業で暴利を貪ろうとも、街頭で歌を歌おうとも、これっぽっちも思わないわけで、とすれば生活するため稼ぎとしての選択肢が少ない現状には非常に迷惑する。
 「そんなこと最初から分かりきっているだろう」と言われてしまえばそれまでだが、要は、学歴など意昧がないと思っているにもかかわらず、多分、多くの人もその根拠を説明できるはずがないのに、その被害を被るのは腹が立つし、「しかたない」と言うことでそれを受け入れてしまったり、つい履歴書で、学歴詐称をしてしまう自分にぐるぐると翻弄されているのだ。

13 名前:編者・外山恒一  発信日:2004年 1月 9日(金) 05時48分
自慰MEN  3   〜〜松井健太の肉親オナニー〜〜
【松井】 自分で中原くんに「近いかなあ」と思うのは、子供プレイ。彼女とのセックスで、自分が子供になって、彼女がお母さんなの。
【外山】 あくまでも「お母さん」なんだ(笑)。
【中原】 でもそれはポピュラーだよ。
【松井】 ほらみろ。別に変態じゃないですよね。
【外山】 いや、こっちが子供になって、幼児退行願望みたいなのを満足させるってのはぼくも分かるよ。だけどその場合はあくまで疑似親子関係というか、現実の母親を想像するわけではないじゃん。松井くんはほんとに彼女を自分のお母さんに見立てるわけでしょ?
【松井】 うん。
【中原】 じゃあ変態だ(笑)。
【遠藤】 普通そこは避けたい一点でしょう。
【外山】 避けたいっていうか……思いつかない一点だよ(笑)。
【中原】 性に肉親を持ち込むのは、やっぱ本能的にイヤだな。なんというか、人間として(笑)。
【遠藤】 タブーです。
【外山】 人類学者に相談した方がいいよ(笑)。
【松井】 タブーだから興奮するんですよ。
【外山】 松井】くんはお母さんやお姉さんの下着でオナニーしたこともあるんだよ。
【中原】 そういうのなら、おれの友達にもいる。そんなにヘンじゃないと思うよ。
【松井】 よかった、中原くんがいてくれて(笑)。
【中原】 それは別にお姉ちゃんの下着じゃなくてもいいんでしょ? 肉親に重点があるわけじゃなくて、下着に重点があるんでしょ?
【松井】 そうですね。今つきあってる彼女の下着とかでもやるし……。
【外山】 そうそう、松井くんには「彼女でオナニー」って話もあった。
【遠藤】 それは普通でしょう。
【松井】 そうですよ。
【中原】 普通だと思いますよ。
【外山】 違う違う。会えなかったりして、相手が一緒にいない時に、想像してオナニーってのなら、ぼくもないわけじゃないよ。松井くんのは、現に彼女を目の前にして、つまり実物をオカズに使ってるんだもん。
【松井】 そういう人もたくさんいますよ。
【遠藤】 いや、少ないと思うなあ。
【外山】 だってセックスしちゃうじゃん。
【松井】 でも相手がしたくないっていう時は……。
【外山】 それでもイチャイチャはするでしょう。「それじゃ」ってオナニーは普通しない(笑)。
【遠藤】 相手の人はその時、松井さんがオナニーするのをずっと見てるの?
【松井】 見てる時もあるし……。
【外山】 見ててもらう必要はないんでしょ? 相手の寝姿に興奮してオナニーしたり……?
【松井】 うん。寝ててもいいけど、大抵はオッパイ出してもらったりする(笑)。
【中原】 やっぱ普通だよ。
【遠藤】 普通じゃないですよ(笑)。
【外山】 君ら二人は異常だ(笑)。
【松井】 近親相姦オナニーも結構いるはずですよ。
【外山】 君の世界地図は間違ってる。
【松井】 近親相姦そのものじゃなくて、あくまでも近親相姦オナニーですよ。
【外山】 いや、姉妹とか従姉妹とかなら、年も近いわけだし、特に従姉妹なら関係性も希薄で肉親というより異性として意識しちゃうってのも分かる。だけどぼくは妹をそういう目で見たことないし、しかもお母さんとなるとますます……。
【中原】 それはおれも普通じゃないと思う。
【松井】 お母さんといってもまだ老人じゃないんだし、セックスできる体を持ってるんですよ。
【中原】 病んでるなあ。おれが「病んでる」なんて云うのはよっぽどのことだよ。
【松井】 だって、どこまで本当か分からないにしても、エッチ本の投書欄とかでよく近親相姦の話とかあるじゃないですか。少なくともオナニーのネタにはできるってことですよ。
【中原】 父親が娘を犯したって話は結構あるよね。
【外山】 だけど娘が父親を……とか、息子が母親を……ってのはあんまりないよ。
【中原】 そっか。だけど松井くん、やりかねないよ、娘なんかできた日にゃ。
【松井】 そうそう、それが怖いんですよ。
一同 (苦笑)
【中原】 娘は精神を病んじゃうよ。
【外山】 で、成長して心に傷を負った中原くん好みの女の子になる(笑)。
【松井】 まあ結婚したり子供を持ったりする気はないけど、万が一そうなっても、手を出すことはしませんよ。
【外山】 オナニーだけにしとく(笑)。
【松井】 するだろうなあ(笑)。
【外山】 だけどそういえば、ぼくロリコンなんだよね。といっても小学生とかじゃなくて、中学後半以上高校生までというか、まあセーラー服もののエロビデオとかなんだけど、女の人がレンタル屋の受付にいると今だに恥ずかしい気持ちをぬぐえないね。「こいつハゲのくせに」とか思われてんじゃないか、とか(笑)。
【松井】 ロリータものはぼくも借りたことあるけど、ダメでしたね。15歳ぐらいのコだったけど。
【外山】 ちょうどいい頃じゃないですか。
【松井】 そういえば一度、5歳ぐらいの従姉妹にせまられたことがあります。
【外山】 それは君の勝手な解釈だろ(笑)。
【松井】 「一緒に寝よう」って……。
【外山】 松井くんは何歳ぐらいだったの?
【松井】 高校生だったかな。
【中原】 だったら性的な意味はないよ。
【外山】 向こうにはね。問題があるのは松井くん。
【松井】 やっぱり5歳ぐらいの別の従姉妹と一緒に風呂に入った時には勃っちゃいました(笑)。
【中原】 小学校高学年だったらおれも微妙だけど、小学校に上がる前の女の子には何も感じないよ。
【松井】 いや、勃っちゃマズイだろうと思うから勃つんですよ。
【外山】 そもそも5歳の子を相手に「勃つかもしれない」とか思わないなあ。
【松井】 ぼくは相手が女だってだけで、幼児だろうが年寄りだろうが意識しちゃいますね。
【中原】 年寄り? シワシワでも?
【松井】 とりあえず意識はすると思う。
【中原】 異性として?
【松井】 うん。「あ、女だ、セックス対象だ」って(爆笑)。

14 名前:変質者=外山恒一(全裸/女装)  発信日:2004年 4月 9日(金) 04時10分
全裸写真と女装を初体験しちゃったのだ!!

 ヌード写真を撮った。
 ぼくが、女の人あるいは男の人のヌードを撮影したのではなく、ぼくのヌードを他人に撮ってもらったのである。

 何ヶ月か前に『90年安保とは何か? ――外山恒一重要論文集』というミニコミを出したが、その表紙には巧著(せっちょ)『さよなら、ブルーハーツ』の7ページ目に掲載されている、ぼくがニコやかに微笑んでいる写真の顔部分を拡大して使った。
 これが、なかなかインパクトのある表紙だという評判になって、さらに新しいミニコミを出すならば、少なくとも前のミニコミよりさらにパワーアップした強烈なものを使わなくてはなるまいと考えた。
 そこで考えだされたのが、「全裸の外山恒一が、尻を突き出して読者を嘲笑するようにオシリペンペンをしている写真」という案である。
 ある女性に依頼して、そういう写真を撮ってもらった。
 しかし、フィルムは24枚撮りである。
 たった1枚か2枚しか使わないというのはもったいないなあ、という純粋に経済的道徳的「モノを粗末にしてはいけません」的動機から、残り20数枚分も、別のポーズで撮ってしまおうということになった。
 そこで、これも純粋に学問的芸術的理由で収集しているある種の雑誌のある種の人物写真などを参考に、いろいろポーズを変えてみた。
 ギリギリ隠れるくらいに足を組んで椅子にかけている写真、てのひらで隠している写真、ソファに仰向けに寝っころがってシーツの端できわどく隠している写真、などである。
 なかなか満足のいくものが撮れたに違いないが、ちょっと普通の写真屋に持っていくのは気がひけて、福岡の街頭ライブ常連であるカメラマンの仕事をしている堤さんにフィルムを渡した。
 ――まだ現像してくれない。

 それから初めて化粧をした。
 ヌード写真を撮っている最中に、撮影者が悪ノリして、自分の化粧道具を取り出してぼくの顔に何やら塗りたくり始めたのだ。
 ファンデーションというのだろうか詳しくは知らないが、あの顔をちょっと白っぽくするやつ。
 それをまず首筋のあたりまで薄く塗った。で、青のアイ・シャドウをこれまた薄く塗った。ぼくはもともと眉が濃い方なのだが、彼女はさらに何やら書き足してくれた。
 睫毛も異常に長いのだが、マスカラとかいうのを付けられた。最後にちょっと茶色っぽいピンクの口紅をつけた。
 髪を7:3くらいで横分けして、7の方の前髪をヘアピンでクルンと留めた。

 ドキドキしながら鏡を見ると、驚くなかれ、ぼく好みのショートカット美少女が、そこに写っているではないか。
 水面に映る自分の姿に惚れた何とやらのように、ぼくは鏡の中の美しい自分に恋をした。
 ぼくは、自分の出っ歯にコンプレックスを抱いていて、一度、カナヅチで折ろうとしたこともあるのだが、そのうち金を貯めて矯正してしまえば、ますます美しい少女になれるに違いない。

 が、とりあえず化粧したぼくは、可愛いという圧倒的自信のもとに、これは、早速、いろんな人に見せてやらなければならん、と考えて、そのまま(もちろん服は着て)福岡の街頭ライブ・ネットワークの溜まり場である田村宅へ行った。

 女装癖のある家主の田村は不在だったが、田村宅に家出中のタクローとヨシキとT嬢がいた。

 T嬢は、ぼくが来ると、何か忌まわしいものが現れたかのように布団を被って寝てしまった。
 ヨシキは、終始、ぼくの流し目を恐れていた。
 タバコを吸いはじめて間もないぼくのぎこちない手つきが、化粧をするとやけにハマっているらしく、気味悪がっていた。
 タクローだけが評価してくれた。
 さすがDPクラブ以来の同志、「美」というものの本質が分かっているというべきだろう。
 が、タクローは「まだまだ甘い」と一緒について来ていた撮影者にさらなる化粧の追加を要求した。
 タクローの好みは、どうもケバケバしいやつらしい。
 なんだかグラム・ロックの人みたいなド派手な化粧をして、いつもかけている黒ブチの眼鏡をし、髪を真ん中で分けたら、タクローは「大正ロマンだ」と云ってはしゃいでいた。
 調子にノって、そのまま近くのファミリー・レストランに行った。
 入ろうとすると、3人連れの中年の客が談笑しながら入れ違いで出てきた。ぼくの顔を見ると、彼らはその美しさに息を呑んだのであろう、急に黙ってしまった。

15 名前:編者・外山恒一  発信日:2004年 7月 2日(金) 06時05分
自慰MEN  4   〜〜遠藤修はエロ本を閉じて〜〜

【遠藤】 実はぼく、22歳でまだ童貞なんですけど、セックスしてる時の頭の中というか、興奮の仕方とかって、オナニーの時と同じですか?
【中原】 おれは違うなあ。さっきも云ったけど、おれはたぶんセックスがあんまり好きじゃないんだよ。そもそもなかなかイカないもん。オナニーならものの15秒でイッちゃうけど、相手が現実の人間だと、一所懸命自分で頭を働かせてイメージふくらませないとイカない。
【遠藤】 たぶん性欲って、男も女もかなりメンタルなものですよね。どんなに物理的な刺激を与えられても、心が冷めてたらダメでしょう。
【松井】 うん。
【中原】 おれは思いっきりメンタルだな。
【外山】 うーん……ぼくは即物的……。
【松井】 ぼくは初体験の相手ってのが、別に好きでもなんでもない人で、成り行きでやっちゃった感じなんですけど、イキませんでしたね。あんまり気持ちよくなくて、あれ?って……。
【外山】 中原くんは最初、オナニーの話を始めようとした時、自分はノーマルだって云ったよね。
【中原】 やり方を工夫して探求する人っているでしょ。
【外山】 コンニャクを使うとか?
【中原】 そうそう、カップラーメンとか。そういう意味での工夫はおれはしてないから。――セックスでも、初体験から4回目、5回目ぐらいになってくると、何らかの変化を望みません? みんな飽きないのかなあ。
【松井】 ぼくは変化を求めますよ。
【外山】 そうなのか。ぼくは革命家のくせに、セックスに関しては保守的なんだよね。フツーのセックスばっかりやってても全然飽きなくて、革命家としてこんなことでいいのかってコンプレックス持っちゃうよ。君らの変態話を聞いてると、正常なのはぼくだけだ。
【遠藤】 ヤな云い方だなあ。
【外山】 遠藤くんも中上健次でオナニーしてるし(笑)。
【遠藤】 それぐらい普通ですよ。
【外山】 だとしたら大抵の人はぼくより変態だ。
【中原】 こんなこと云うと「自分はアーティストです」みたいに聞こえてカッコ悪いけど、絵を描いたりとか、何か創作するようなことにたずさわってる人ってわりとみんなこんな感じだと思うよ。ノーマルな人は少ないと思う。
【外山】 そんな気はする。
【中原】 普通のセックスを一生やり続けるような人って、やっぱり感性が相当鈍いと思う。
【外山】 すいません(笑)。
【遠藤】 芸術家にゲイが多いのもそういうことなのかな。
【中原】 マゾ率も相当高いと思う。
【遠藤】 谷崎潤一郎なんか完全にマゾですよ。
【外山】 谷崎でもオナニーを?
【遠藤】 いや、文体が苦手なんであんまり読んでないです。
【外山】 じゃあやっぱり文学では主に中上健次で?
【遠藤】 とくに集英社文庫の『水の女』。汚しちゃった時のために何冊か予備を持っとこうと思って、古本屋を回ってるんですけどね。
【外山】 汚しかねないくらい使ってんのか(笑)。
【遠藤】 外山さんは、エロ本のグラビアとか、見ながらオナニーするんですか?
【外山】 うん。
【遠藤】 ぼくは絶対しないですね。
【中原】 文学オナニーばっかり?
【遠藤】 そういう意味じゃなくて、ぼくもエロ本を使うことはあるんだけど……。
【外山】 分かった。閉じるんだ。
【遠藤】 そうそう。見た後にいったん閉じて……。
【中原】 メモリーすんのか(笑)。
【松井】 ぼくもやりますね。
【外山】 すごいね。そんなのやったことないよ(笑)。想像でオナニーすることはあるけど、エロ本を使ってる時にそれをわざわざ閉じたりしない。
【松井】 閉じないとやりにくいんですよ。腕が3本あれば、見ながらでもできるけど、片手でエロ本開いて持つのはキツい。
【外山】 床に置けばいいじゃん。
【松井】 ぼく、寝てする派だから……。
【外山】 そっか、松井くんは仰向けだったね。姿勢の問題もあるなあ。
【中原】 仰向け?
【遠藤】 仰向けオナニー!?
【中原】 それって顔射にならない?(笑)
【遠藤】 どこに飛んでいくの?
【松井】 飛ばないようにティッシュで押さえるんですよ。
【遠藤】 止めたとしても、今度は下に垂れてこない?
【松井】 もちろん垂れたら拭きますよ。
【中原】 そっか。四方八方に飛び散らすのかと思った(笑)。
【松井】 そんなことしたら後が大変じゃないですか。
【中原】 だから、さすが松井くん、イッてるなあ」と……(笑)。
【外山】 ドカーンって、シャンペン開ける要領で(爆笑)。
【遠藤】 で、さっきの腕が3本あったらどうこうって話は?
【松井】 グラビアのエロ本のサイズってデカいじゃないですか。だから仰向けになってると、そもそもずっと持ってるのも辛いから、見てる間はいろいろ体勢を変えるし、しかも開いたままチンコ触るのは不可能。
【遠藤】 なるほど。じゃあぼくが云おうとしてたのとは意味が違う。ぼくはエロ本を見ながらだと、そのグラビア写真に意識が集中しちゃうというか、縛られてしまう。もちろん見ながらでもできると思うけど、いったん閉じた方がイメージが広がって、より楽しめる。


16 名前:外山恒一  発信日:2004年 8月 6日(金) 09時09分
 ところでいきなりではあるが、ぼくの女性関係について解説しよう。

 ぼくの初体験は、かなり遅い。20歳を越えていた。
 高校を中退した翌年――1989年3月に、全国高校生会議という集会を東京でやった。
 この集会はなかなか革命的なもので、「90年安保」とも密接な関係があるのだが、本筋とは関係ないので省略する。
 ぼくはこの集会の実行委員の一人だったのだが、同じく実行委員の同い年の女性(当時高校卒業したばかり)に惚れた。

 4月には一緒に寝たが、避妊具を持っていなかったことと、何よりぼくが完璧な真性包茎で、「真性包茎だとセックスができない」などという真偽のほどが明らかでない、エロ・マスメディアの大量宣伝の前に完全に自信をなくしていたからである。
 この女性とは何度も一緒に寝たが、結局セックスはしないまま、ふられた。

 何よりも、ぼくは自分がマザコンであると思い込み、ほんとにマザコンなのかもしれないが、それ以上に自分でマザコンを演じようとしていたような気もする。
 相手に、異常なくらい執着し、どーっと依存してしまうのである。きっと彼女は、何よりもそのことに疲れたのである。

 そのあとに惚れたのが、先月ようやく革命的結合を果たした綾子ちゃんである。
 89年の9月ごろ惚れて、またどーっと依存し、うっとおしがられて彼女は遠ざかった。

 それと、DPクラブの分裂の時期が重なり、最高に落ち込んでいる時に惚れたのが、ミキちゃんである。
 ミキちゃんは、福岡県のはしっこの町の、九州ではよく知られた市民運動家のオバチャンの娘であり、高校で部落解放同盟系の部落解放研究部の活動をやっていた。
 最初ミキちゃんとは非常にいい雰囲気だったのだが、DPクラブの分裂で落ち込んだぼくは、いつにもましてどーっとよりかかるようになり、すごくいやがられた。
 同時に、部落研の運動とも、ぼくは思想的に対立するようになり、ぼくとミキちゃんの関係は、ますますねじれた。

 ミキちゃんとのことは、ぼくのこれまでの最大の傷である。
 ミキちゃんの話題になると、ぼくは取り乱してしまう。
 たぶん、DPクラブの分裂や他の若い世代の運動グループとの相次ぐ対立という、悲惨な活動経歴とミキちゃんへの恋愛が、ぼくの頭の中では切り離しがたく結びついたイメージになっているのである。
 ミキちゃんは、生き難い世界の象徴なのである。そしてぼくはおそらく、「世界」と和解したいのである。

 ミキちゃんにふられた後、90年に入ってから、ダメ押しのようにもう一人の女の子に惚れた。
 惚れたというより、前の3人を忘れるために、無理に惚れようとしたのだという気もする。
 その人は『ぼくの高校退学宣言』の読者で、沖縄に住んでいたが、この年の4月に東京の大学に入った。
 今となって考えると、大学生の分際でぼくをふる資格があると考えているあたりがこの女のゴーマンなところだが、彼女には何度もしつこくつきまとったあげく、10月に最終的に拒絶された。
 つまりぼくは、89年から90年にかけて主だったものだけで合計4人にふられつづけたことになる。

 さて突然話は飛ぶ。
 ぼくは90年の4月に、高校1年生として再入学するという奇行を演じたわけだが、なんと驚くべきことに「同級生」のかなりが、もうセックスを経験し、今もセックスを含めた交際をしていたのである。

 ぼくはなんだか無性に腹が立ってきた。
 なんでこいつらがバコバコやって、こんなに苦労しているぼくが、未経験なのか? 不条理だ。許せん。

 89年、90年と、世界は激動し、日本も激動したというのに、なぜぼくの下半身は激動しないのか?
 90年7月26日、ついにぼくは童貞のまま20歳の誕生日を迎えた。

 よし、とぼくは誓った。セックスするまで学校に行かないぞ、と。

 7月30日、ぼくは包茎手術を敢行した。
 手術そのものはあまり痛くなかったが、手術後1ヶ月は、地獄の苦しみが待っていた。
 なにしろ、勃起すると、傷口が引っ張られて激痛が走るのだ。出血もする。
 なんだかヘンな具合に腫れ上がってしまって、結局今もそのままである。
 だからぼくのポコチンは、すごくヘンな形なのである。
 見てみたい、あるいはそれがキモチいいかどうか試してみたいという女の子は手紙を下さい(写真同封のこと)。
 8月末、夏休みが終わるころ、ようやく痛みが引いた。

 さあ、これから、セックスするまで学校に行かないという、「革命的童貞同盟」の「同盟休校」だ。

 9月、教育問題の集会で何度も顔を合わせている女性教員他に目をつけつつ、先述した4人目のバカおんな大学生と何とかセックスできないものかと、10月に上京。
 しかし、すでに8割方ふられている彼女が相手にしてくれるわけもなく、ぼくは打ちのめされて、9月7日、ヒッチハイクで福岡へ帰る。
 帰る途中、トラックの運転手(男)に性的いたずら(相手のモノを手でつかんでの相互オナニーの強要)にも自暴自棄で応じ、翌9月8日の夜、あーもーなるよーになれ、と女性教員の部屋を訪ねてだべった末、革命的結合なるかと思いきや、相手方○○中にて果たせず、翌9月9日夜、もう一度出直し、10月10日未明、ついに「解放」の時を迎えた。

 気がつくとその日は「体育の日」で、国民がぼくの「解放」を祝福してくれたのだった。

 干支が同じだというくらい年が離れているその女性との交際は今も続いているのだが、ぼくに「第二夫人」ができたのは、その翌年、91年7月のことだった。

 第二夫人は、北海道の大学生で、5つほど年上であるが、ぼくが初めての相手だったようである。

 彼女は、ぼくの本の読者で、彼女が企画した学園祭の討論会で北海道に呼ばれた時に意気投合して、夏休みに福岡に彼女を連れてきて革命的結合を果たしたのだった。

 しかし、「第一夫人」の存在はあっというまに第二夫人にばれた。
 ぼくは、「1対1恋愛イデオロギー」が、いかに反動的なものであるかを説き、とりあえず彼女を納得させたが、その後もことあるごとにその話を蒸し返された。
 第二夫人とは、その年の秋にまた東京で会い、冬休みにまた彼女が福岡へやってきて、今年3月までほとんど同棲していた。
 第二夫人がしつこく第一夫人の話を持ち出すので、ぼくはいい加減頭にきた。
 第二夫人のメメしさが、すべてその無造作にぼさっとのびた髪形に象徴されているような気がしたぼくは、2月のある日、泣き叫ぶ彼女を無理矢理押さえつけて、ショートカットにしてしまった。
 この事件は、とてもパンク的であるとタクローに称賛されたのだが、第二夫人の性格は相変わらずで、3月、彼女は、ついに第一夫人に連絡をとって、直接交渉の愚挙に出た。
 さいわい第一夫人は革命的で、無理矢理髪を切ってしまうほどの激しい感情の吐露に少し妬いていたようだが、ちっとも取り乱さず、ぼくはますます第一夫人が好きになったのだった。
 第二夫人とは4月の初めに別れた。

 長い説明だった。
 今日5月8日に何があったかというと、その第二夫人から手紙が届いたのである。
 こっちとしてはもうとっくに別れたつもりなのに「外山くんが他の女の人とセックスをするとどーのこーの」とうだうだ書いてあるので、読むのがイヤになってゴミ箱に捨てた。オレに読んでほしけりゃ、もっと面白いこと書くんだな、ベイベー。


17 名前:編者・外山恒一  発信日:2004年 9月 3日(金) 04時10分
自慰MEN  5a  〜〜オナニーはじめてものがたり〜〜

【外山】 ぼく、最初のオナニーがエロ本だったからなあ。エロ本を見たのがそもそもその時が初めてで、興奮してページめくってるうちに自然に出ちゃった。そういう始まりだから、「見ながらやるもんだ」ってのが自分の中で確立したのかもしれない。
【中原】 初めて白いのが出た時はビックリしなかった?
【外山】 もちろんビックリした。
【遠藤】 最初から出てたんですか?
【中原】 おれは最初っから、これはオナニーって行為だって自覚してたぐらいだから。
【遠藤】 ぼくは――たしか松井さんも同じだって聞いた覚えがあるけど――最初の2年間ぐらいは精液が出なかったんですよ。
【松井】 そうそう。
【外山】 いい感じになってきたぞ。「初めてのオナニー」について語ろうよ。遠藤くんはいつ?
【遠藤】 小5かな。東京で、塾に通ってたんですよ。やっぱり男の子って何人か集まるとエロ話するじゃないですか。そんで塾の友達の一人で、早熟を自称する奴がいて、オナニーのことを周囲に吹聴してまわってたから、ぼくもそれを真似てやってみたんだけど、あんまり詳しくは覚えてないですね。ただ、さっき云ったように2年間ぐらいは精液が出なかった。白いものは出ずに、透明なのがたまにちょっと出るぐらいなんだけど、イッたって感覚はありました。要はまだ成長が充分じゃなくて、精液が作られてなかったってことでしょうね。中学に入ったぐらいの時期に初めて白いのが出た。
【外山】 どうでした?
【遠藤】 まあ、ビックリはしましたけど……。
【中原】 「これが噂の……」って?
【遠藤】 そうです。
【外山】 友達は最初から出てたんだ。
【遠藤】 さあ、実際は分かりませんけど、白くてネバネバしたのが出てくるって話は聞いてましたから……。
【外山】 知識は持ってた、と。
【遠藤】 ええ。
【外山】 松井くんはもっと早いんだよね。
【松井】 小4ですね。ぼくは他人からそういう情報を仕入れてなかった。家に一人でいた時に、ソファにうつ伏せになって寝てたらチンコの辺りがムズムズしてきて、なんか位置がおかしいのかなと思って腰を横に振って正しい位置を探してたら、だんだん気持ちいいことに気づいた(笑)。腰の振り方がどんどん早くなって、「あ、気持ちいい気持ちいい」ってやってるうちにイッたんだけど、液は出ないんですよ。以来ヤミツキ。自分で「なんて変態なことやってるんだ」と思ってたけど……。
【遠藤】 序章にすぎなかった……(笑)。
【外山】 それは変態・松井健太の幕開けでしかなかった(笑)。
【松井】 今から思うと別に変態でもなんでもないんだけど、当時のぼくはすごく罪悪感を持ってた。「こんなことやってるのは宇宙でぼく一人だ」って。
【外山】 宇宙で(笑)。
【中原】 「宇宙」が出てくる辺りに変態の萌芽を感じるなあ。
【松井】 最初の何回かは、両親がいない時を見計らってソファでやってたんだけど、そのうち「布団でもやれるじゃないか」って気がついて、自分の部屋でやるようになった。で、1年か2年たってから、白いのが出たんですよ。うつ伏せだから、パンツの中にドバッと放出するようなことになるんだけど、かなり長い間ずっとそのやり方で……。そのやり方の時は、勃たなくてもイケるというか、ほとんど完全フニャフニャのままで出せるんですけどね。
【中原】 ほんと?
【松井】 うん。今でもやろうと思えばできますよ。――だけど他の人の話を聞いてると、「センズリ」とか云ってるじゃないですか。
【外山】 他の人もやってることはいつ分かったの?
【松井】 中学に入ってからですね。やっと自分のやってることが「オナニー」っていうものなんだって自覚できるようになるんです。
【遠藤】 宇宙の孤独から抜け出したわけですね(笑)。
【松井】 だけど「センズリ」とか云って、勃起したチンコをグワーッと手でしごいてるって話だったから、「おれみたいなやり方をしてる変態はやっぱり他にいないんだ」……。
【遠藤】 また宇宙の孤独(笑)。
【松井】 「おれも普通の人間に戻りたい」(笑)と思って、みんなの話を参考にやってみたんだけど、イカないんですよ。気持ちいいんだけど、最終的に精液が出るところまでいかない。しょうがないから、やっぱり自己流のやり方に戻してパンツの中にぶちまけてた。
【中原】 あ、「ぶちまける」ってそういう意味なんだ。いや、外山さんから松井くんはぶちまけてるらしいって聞いてたから、もっと違うのを想像してた。
【外山】 松井健太のぶちまけオナニー。
【松井】 そんな命名したのは外山さんじゃないですか。
【外山】 違う違う。松井くんが、「ぶちまけてた」とか云ってたから、ぼくも実は今日の話を聞くまで中原くんと同じ誤解をしてたの。
【中原】 豪快な感じがするよ。
【外山】 白いシーツの大海原に……(笑)。
【松井】 まあ、パンツの中にぶちまけたまま寝ちゃうことが多いから、そのままシーツまで浸透しちゃうんですけどね。姿勢から考えてだいたい同じところに集中するでしょ。そのうち茶色い染みになって、「コーヒーこぼした」とか云ってごまかしてたけど。――そうそう。普通の「センズリ」のやり方だと、仮にやってる最中に親が部屋に入ってきてバレても、「あ、オナニーやってたんだな。この子も思春期なんだな」って程度に思ってくれるだろうけど、うつ伏せで布団をユサユサやってたら、たぶんビックリするじゃないですか(笑)。だからすごく用心してましたね。親が階段を上ってくる足音がすると、ピタッとやめて……。
【中原】 親に現場を押さえられると辛いよね。
【外山】 押さえられたことあるんだ。
【中原】 すんでのところで隠したけど、たぶんバレバレ。次の日からグレたもん。
【外山】 グレた理由がオナニーの露見(笑)。
【遠藤】 電動の肩たたき機みたいなのがあって……。
一同 (沈黙、のち爆笑)


18 名前:矢野通彦の同級生  発信日:2005年 6月30日(木) 09時32分
矢野通彦先生の出身校・名門・筑紫高等学校BBS
http://www.megabbs.com/cgi-bin/readres.cgi?bo=kyuushuu&vi=1031063679


そして公式ホームページ「筑心会」
http://www2.airnet.ne.jp/alpha/chikushinkai.html

19 名前:外山恒一 (自称 ファシスト)  発信日:2005年 7月 2日(土) 00時05分
 母親が仕事場に入ったのを見計らって、カナヅチを探す。
 しばらくはモノが食いにくくなるかもしれない。まずメシを食い、歯を磨き、風呂に入る。
 鏡を見る。
 ぼくのコンプレックスの一つが、この前歯だ。
 出っ歯なのだ。
 口を閉じていても、上唇が盛り上がってしまう。
 昔スドーが、ぼくの似顔絵をそんなふうに強調して書いたので、内心すごくムカついた。
 笑うと歯が目立つので、写真を撮られる時は、いつも無表情にしている。
 小学生の頃から、髪を自分で抜くクセが直らず、かなり髪が薄くなってしまっているが、いずれ植毛するつもりだ。

 歯を矯正したかった。
 だが、外見を世間の価値観に迎合して取り繕うことは、なんだか後ろめたくて、できなかった。
 しかし、もうガマンの限界だ。男も女も、顔のいいやつがいい思いをする。
 
 おもしろいやつでも、くだらないやつでも、顔さえよければモテる。
 いい思いができる、ということをぼくはその時に学んだ。
 顔が悪くても、世間的な「やさしさ」を持っていればモテる。
 ぼくは、そんなものはクソくらえだと思っているから、モテない。
 とすれば、後は、金か、知名度か、顔だ。そのうち金と知名度は手に入れようと思っている。しかし、今の時点では、とりあえず、顔だ。

 男も女も、顔さえよければいい思いができる。
 ぼくだって、顔のいい女には、多少バカでも、チヤホヤする。そういうものなのだ。

 ぼくは、後ろめたくない、歯の矯正のしかたはないかと考えて、思いついた方法を実行に移そうとしていた。
 歯医者の手を借りるのは、仕方がない。
 だからその前に、自分で、世間的な価値観に迎合しようとしている自分に制裁を加えよう。
 それが、ぼくが自分を納得させるために作った「物語」だった。

 自室にこもり、しばらく迷った末、意を決して、タオルを口にふくみ、メガネを外し、前歯をカナヅチで打つ。
 ガツッという音がする。タオルを取って舌で触れると、右前歯が少し欠けている。
 問題は左だ。もう3発、カナヅチをやる。血は出なかったが、かなり欠けた。これで、もう抜いて差し歯にするしかなかろう。
 オレはハンサム・ボーイになれる。バラ色の人生が待っている。

 ドキドキしながら高宮のアパートに戻り、歯医者へ行く。
 ぼくは日本の医学をナメていた。
 前歯は、いとも簡単に、元の出っ歯に修復されてしまった。
 くそ。ナンセンス。途中で怖じ気づかないで、とことん血がだらだら出るまで徹底的にやればよかった。
 あー、ばかばかしい。もうヘンな「物語」に縛られるのはやめて、金を貯めてフツーに矯正しよっと。
 夕方フテ寝。


20 名前:編者・外山恒一  発信日:2005年 8月 4日(木) 19時31分
自慰MEN  5b   〜〜オナニーはじめてものがたり〜〜
【外山】 いきなり何を……(笑)。
【遠藤】 たしかエレトンって名前で……。
一同 (笑いつづける)
【遠藤】 それを愛用してた時期がありました。
【松井】 痛くない?(笑)
【中原】 そんなの気持ちいいの?
【遠藤】 いや、その……。
【中原】 それをあてがうだけなの?
【遠藤】 だからトントントントントントン……。
一同 (爆笑)
【遠藤】 気持ちいいですよ。
【外山】 服の上から? それとも直接?
【遠藤】 服の上からやって、最初は痛かったんですけど、でもだんだん慣れて、そのうちじかに……。
【松井】 強靭なチンコ(笑)。
【遠藤】 やっぱり当てながらイキたいじゃないですか。でもそしたら汚れるでしょ。工夫はしてたんですけどねえ……。
【外山】 その汚れたものをお祖母さんが……。「孫の手」という言葉もありますがこの場合は?(笑)
【中原】 まあ、電動系の道具を使う人は一定いるだろうけどね。
【松井】 ――さっきの話に戻るけど、ぼくは結局フツーの「センズリ」のやり方で初めてイッたのは19の時でした。
【外山】 一昨年ぐらいじゃないか(笑)。
【中原】 へえ、デビューが早かった割には……。
【外山】 でも実はぼくも【松井】くんとだいたい同じなんだけどね。やっぱりオナニーを覚えてから、それが自分一人だけじゃないって分かるまでに3年以上かかってる。
【遠藤】 その間は結構苦しみました?
【外山】 苦しんだというか、誘惑には勝てないから結局毎日のようにやってはいたんだけど、こんなのバレたら捕まるんじゃないか(笑)、とまでは思わないにしても……なんか……。
【遠藤】 変態扱いされる?
【外山】 うん、烙印が。
【松井】 生きてられないですよね。
【遠藤】 社会に復帰できない感じ?
【外山】そう。一生、後ろ指さされて(笑)。


21 名前:外山恒一  発信日:2005年 9月 7日(水) 02時19分
 アナーキズムについて説明しよう。

 というのも、パンクの人は何かといえばすぐに「アナーキー、アナーキー」と叫ぶからだ。
 アナーキズムは一般的に「無政府主義」と訳される。
 無政府とは読んで字のごとく政府の無い状態のことで、まあ要するに無政府主義は反体制思想の一種なのである。

 反体制思想にもいろいろあるが、アナーキズムと並んで代表的なのがマルクス主義である。
 どちらも、最終的には国家の廃止をめざすのだが、両者の最大の違いは、アナーキズムがとにかく反国家なのに対して、マルクス主義は、国家を廃止するためにまず自分たちが国家権力を握ろうとするところにある。

 マルクスの最大のライバルだったアナーキズム思想家のバクーニンは、そんな方法で国家を廃止しようとしても、もっと強大な国家権力を作りあげてしまうだけだとマルクスを批判したが、旧ソ連・東欧や今の中国・北朝鮮を見れば分かるように、バクーニンの云ったとおりになった。

 ところでマルクス主義者にしろアナーキストにしろ、なぜ国家の廃止なんてことを云いだすのだろうか。
 それはもちろん、国家は個人の自由と対立するものだからである。
 個人には制度は必要でないが、社会には制度が必要だ。
 そして国家というのは、今の社会を維持するためにある。
 個人が自由であろうとすれば社会とぶつかることになる。その社会の背後にはそれを支える国家権力がある。

 というわけでマルクス主義者もアナ―キストも国家の廃止を云うわけだが、実はぼくはマルクス主義者でもアナーキストでもない。
 一応説明してみただけ。

 どちらも、国家のない社会という未来像を持っているところは同じなのだ。
 ぼくには未来の理想社会のイメージなんてないし、そんなもんなくたって革命はやれるのだ。
 どういう社会にしたいから、ではなく、自分を取り囲む今の状況がイヤだから革命をやるのだ。
 たいていの反体制思想はそこのところが逆になっている。
 ちなみに今、説明したようなのを左翼思想と云う。
 これに対して国家とか民族なんてのを思想の中心にするのが右翼。
 云っとくけど右翼のパンクなんてのはないんだからな。
 存在するけどあんなものはパンクでもなんでもないんだから。
 あと、革命やるつもりがないパンクなんてのも認めないからな。


22 名前:編者・外山恒一  発信日:2005年 10月 8日(土) 14時09分
自慰MEN  5c   〜〜オナニーはじめてものがたり〜〜

【松井】 やり方も似てたんでしょ?
【外山】 そうだね。でもぼくの場合は真性包茎だったので、うつ伏せでユサユサやる方法でオナニーしてそのままイッちゃっても、その後30秒から1、2分は皮の中にいったん溜まった状態で、外まで出てこない。その猶予期間にトイレに駆け込めば、ティッシュいらずだった。
【遠藤】 ぼくは知識の方が先に入って、みんなやってることだって分かってたので、気持ちはラクでしたね。
【外山】 さっきちょっと云ったけど、最初のオナニーは押し入れで発見した父親のエロ本。興奮してページをめくってるうちに、触ってもいないのに自然に出た。
【遠藤】 手も使わずに?
【松井】 百歩神拳だ(笑)。
【遠藤】 友達が、「手を使わずに射精できれば超能力者だ、いつか実現してみせる」って云って訓練してましたよ。
【外山】 ぼくも最初の一回だけだよ。あとは夢精ぐらい。
【中原】 夢精とかで手を使わずに出せた時の快感は、他と比較にならないって聞くね。
【外山】 夢精が一番いいとぼくも思う。
【遠藤】 ぼくは夢精は2回ですね。
【中原】 おれはやったことない。
【松井】 ぼくもないんですよ。
【外山】 ぼくはたぶん5、6回やってる。もしかしたら10回ぐらいあるかもしれない。
【遠藤】 触らずにって云っても、たぶん気づかないだけで、実際には寝返りうったりした時の摩擦で気持ちよくなるんだと思うけどね。
【外山】 うん。
【松井】 それはパンツの中にぶちまけるんでしょ。
【外山】 だってしょうがないじゃん。あっと思って目が覚めた時にはもう出てるんだもん。


23 名前:日高顕一郎  発信日:2005年 11月 5日(土) 14時06分
 外山恒一氏からメールをいただいた。
 
 それによると、外山氏は私の日記を読んでくれていたけれど、「「革命家」なんて肩書の人間はお嫌いとお見受けしましたので」と、連絡を控えていたという。でも、ある企画を実行するについて「とにかくどんな形であれ関わってくれる人がほしい状況になってきたので、おそるおそる連絡することにし」た。
 
 日記を読んでいる理由は次のようなものらしい。
「ものすごく近所にお住まいのよう」だ
「相田みつを的なものの蔓延にプンスカしてたり、ストリート・ミュージシャンの跳梁にプンスカしてたり」と「とにかく気になる記述が多い」。

 それで、外山氏も「思わず悪意のパロディ冊子を発行したりした」ほどに相田みつをが大嫌いだったり、また外山氏は「10年前(18歳の時)に福岡でストリート・ミュージシャンを始めた「第1号」」で「寄ってくる若い客を次々と「同業」に転身させて、現在の街頭状況の基盤を作った人間」であることを紹介してくれている。それについては「ほんとはもっとカウンター・カルチャー運動として展開していくつもりだったのですが、いまどき「ストリート・ミュージシャン」的文化に憧れる若者はバカばっかりで、大失敗した結果が今に至ってます」などという失言のようなものまでついている。
 その他は、僕がこないだ書いた『文藝』の山の手緑×矢部史郎対談がすごい笑えてよいというのを受けて、「実は彼ら、連動して活動しているぼくの同志です。共著(『ヒット曲を聴いてみた』駒草出版)もありますし」云々という人脈紹介もされている。
 
 その後、今度予定している「「芸術運動」」の紹介が書かれている。「できれば日高さんにも何らかの形で関与していただくわけにはいかないかなあと期待してのこと」らしい。ここで「前置き終わり。」と、その活動の告知ビラからの引用が続く。特殊文字交じりで化けているのは勝手に直しつつそれは全文引用してみる。


「選挙アート」 スタッフ&ニセ候補者急募
 最近、選挙のたびにくりかえされる『投票率アップ・キャンペーン』に、なん か腹が立ちませんか?
 「ロクな候補がいないのに、むりやり投票させてどうなるのか」「『一票の重み』なんてキレイゴトのお題目にはもううんざり」「投票率アップでなんとか選挙の体裁をとりつくろうやり方に『民主主義』の形骸化を感じる」……
 腹が立つ理由を思いつくまま箇条書きにしても、ムカついたりイライラしたりする真の理由をどうも云い当てられていないような不全感が残りますが、とにかく投票率アップ・キャンペーンには「なんか腹が立つ」のです。

 このもどかしい気分を、芸術の手法で表現しようと思います。

 99年4月、「統一地方選」なる大きな選挙があるようです。
 これに照準を合わせ、『投票率ダウン・キャンペーン』を展開します。
 やり方はこんな感じ。
 まず「前衛芸術党・棄権分子」という『政党』をでっち上げ、同選挙にできれば10人以上の『候補』を立てます。といっても、ほんとに立候補するには「供託金」など多額の資金が必要なので、選挙管理委員会には届出もせず勝手に名乗りを上げる『無届立候補』です。

 その上で『選挙運動』をくりひろげるわけですが、もちろん「棄権」、もしくはぼくらの『候補』への投票を呼びかけます。
 無届立候補なんですから、後者は当然、「無効票」になります。

 さて選挙当日、投票率(もしくは無効票を差し引いた有効投票率)が50%を下回れば、得意満面に記者会見を開き、「勝利宣言」します。
 近年、地方選の投票率はたいてい50%を下回っているので、「勝つ」見込みはかなり高いかと思います。

 ついては、この企画を一緒に実行してくれるスタッフおよびニセ候補者を大々的に募集します。
 候補者は現段階で5名ほどいますが、前述のとおり最低10人ぐらいは『擁立』したいと考えています。
 スタッフも大勢必要です。
 ニセ選挙運動とはいえ実際にやる作業は本物のそれとまるっきり一緒なので、いくら多くても多すぎるということはありません。
 ポスターデザイン他、さまざまの『選挙戦術』を編み出すアイデアマンも必要だし、カメラマンやスタイリスト、美術スタッフなども必要。大道具、小道具、『選挙カー』の運転手、ビラやポスターの街貼り&ポスティング部隊……、多ければ多いほど大々的な、インパクトのある『選挙戦』を展開できます。音楽や映像で何かやりたい人も歓迎しますし、もちろんニセ「うぐいす嬢」も!

 云うまでもなくパトロンも必要です。
 できるだけ安上がりにやるつもりですが、ビラやポスターの印刷代をはじめ、これも多ければ多いほど大規模な『選挙戦』実現につながるし、いくら多くても多すぎるといことはありません。
 「選挙にはカネがかかる」のです(笑)。


 その後「今回の企画に関われずとも、ぜひ日高さんとは親しくお付き合いしたいと願ってい」る旨と、上に引用したビラ部分を掲示板に書き込んでいいかという件が書かれて、返事を期待しながらメールは終わる。
 このメールがぼくに期待しているのは返事と、その企画への参加みたいだ。
 さて、ぼくが何かするかというと、こうやって日記に引用した。


24 名前:イタい文化イタい人  発信日:2006年 1月 6日(金) 22時20分
http://omolo.com/text/data/syakai/1021665127.html

革命家・外山恒一さんってかたが捕まったそうです、

なんでも昔、中森明夫周辺で活動していたライターで、まくらの日記さんのところの昔の交流話とメールの引用が、
なんか普通に読んでてイタいかんじがするんですね、

何だろ中学生のころ情報交換でバンドブーム好きな人と交流したり、宝島とか読んでたんですが、なんかバンドブームとかの音楽好きな人って、自分探しなんだけど、なんとなく「革命」とか当時の時事問題(原発とか、天皇制)とかなんとなく語って世の中に抵抗してるつもりで特に何もしてなくて、自分探しになってること見え見えで、抵抗のためにパンクロックでジュンスカイウォーカーズとか、ラフィンノーズとかが好きでって、そういうボンクラなノリはいいけどさ、そのセンスってどうなのよ?って疑問に思うことが多かったです。それが、イタい感じがした、


http://omolo.com/yamauchi/archives/index.html

25 名前:外山恒一 〈35才。無職。崩壊家庭のアダルト・チルドレン〉  発信日:2006年 4月 7日(金) 22時53分
 私の恥ずかしい告白を聞いてください  1
 http://www.warewaredan.com/2006/04/4_2.html

 私は、獄中で気づいてしまった。

 私は「アダルト・チルドレン」なのだということに。

 うー恥ずかしい。
 自らの「心の傷」を得意気に語りちらす、近年の風潮を「ケッ」と思っていた私が、自身を「アダチル」規定せざるを得ないと認めることには、それこそ、プライドを大きく傷つけられる。はっきり云って屈辱的だ。

 だが、事実なのだから仕方がない。

 私は、それまで、ごく平凡な家庭に育ったと思っていた。
 父も母も、私に充分な愛情を注いでくれたと思っていた。

 現在の私の思想的・政治的立場が、圧倒的に正しいことには自信があるが、そのために社会の通常の枠から大きく外れ、両親の期待に背いたのは、つねづね申し訳ないことだと感じていた。

 しかし、それらは大いなる勘違いであった。
 今の私には分かる。

 私は、異常な家庭に育った。
 その異常さに気づくためには、獄中での長い内省を必要としたというくらいに、一見、フツーの家庭だった。
 だが、あれは、崩壊家庭だったのだ。
 最初から崩壊した家庭で、私は愛されずに育ち、こうなった。

 父方祖母の職場の同僚だった母と見合い結婚した父は、初夜の翌日、母が、「処女ではなかった」と大騒ぎし、身に覚えのなかった母は、いたたまれなくなって、隣町の実家へ逃げるという事件があったという (こんな話を息子の私が、知っているということ、自体が、そもそも異常だと思う)。

 結局、説得されて、母は、すぐに嫁ぎ先に戻ったのだが、夫婦の信頼関係は、新婚早々に壊れていたのだ。
 母は、その後、ずっと父を軽蔑し続けた。

 険悪な夫婦関係が、子育てに悪影響を与えないはずがない。

 母は、おそらく、子供たちを自分の側に引き入れようとした。
 私にそれが、母親の愛情だと、錯覚させたものは、実は、すべて父への報復感情に基づいていたのだ。

 実際、父は、軽蔑に値する人間だ。

 父は、7人きょうだいだが、うち男は父一人だ。

 鹿児島には、珍しく、女の発言力が、圧倒的に強い家庭だったのだと思う。

 父の異常な性質は、そんな環境に規定されているのに違いない。
 さかのぼっていけば、キリのない話だが、父の異常も、そもそもは、外山家の異常に起因するのだ。

 そうだ。
 そもそも外山一族は、異常なのだ。

 よしあしは、ともかくとして、普通の日本の家庭では、母方よりも父方の親族関係の方が、近しくなりがちだろう。

 私から見れば、私の親族も同じだったから、私は、長らくこの外山一族の異常さに気がつかなかったのだ。

 つまり、私にとって、頻繁な付き合いのある親戚というのは、父方のそれだった。
 おじ・おばやイトコたち。だから長らく疑問に思わなかったのだが、よくよく考えてみれば、私にとって父方のイトコである彼らの側から見た時、私は彼らにとって母方のイトコなのだ。

 私が、近しい親戚だと思っていた父方のおじたちは、よくよく考えると私との血縁はなく、単におばの嫁ぎ先であるに過ぎない。

 盆・正月のたびごとに外山一族は鹿児島の父方実家に結集していたが、イトコたちにとってそれは父方ではなく母方の実家だ。

 もちろん、血縁のあるおばたちも含め、彼らは、そもそもすでに「外山」の苗字を持っていない。

 現在でも、外山一族の中でもっとも発言力を持っているのは、よくよく考えると外山家の人間ではない、おじ――私から見て、父の妹の夫だ。

 地元で、以前、観光ホテルを経営していたそのおじは、要するに親戚一同の中で、ずばぬけて金持ちなのだ。

 私のおば、つまり、父自身にとっての姉や妹たちに頭の上がらない父は、もちろん、このほとんど他人であるはずのおじにも、頭が上がらない。
 振る舞いを観察していると、ほとんど下僕である。

26 名前:外山恒一 〈35才。無職。崩壊家庭のアダルト・チルドレン〉  発信日:2006年 5月 5日(金) 23時03分
私の恥ずかしい告白を聞いてください  2
 http://www.warewaredan.com/2006/04/4_2.html

 父は、妻である私の母や、子供である私たちのそれよりも、常におじ・おばの意向を優先させてきた。
 状況をよく理解していなかった幼い時分の私たちは、ともかく、母は、そんな父をますます軽蔑した。

 ちなみに父は、私が刑務所にいたことを心底、恥じている。
 何よりも、おじ・おばたちにそのことを知られたくないのだ。

 もちろん例の「計画」によって、そのことは、近々、私自身によって、大々的に暴露されることになるのだが、今の私はそのことを父に対して、すまないなどとは、まったく感じない。
 普通、子供が、刑務所に、しかも、わけのわからない政治的陰謀によって、ほとんど無実の罪で刑務所に入れられたとなれば、親として、それなりに思うところがあるはずである。

 しかし、私の父にかぎっては、そんなことはまったくない。
 それどころか、出所まもない私に「清水健太郎、また逮捕」のニュースを引き合いに出して、「おまえもこうなりそうだ」などと無神経発言のオンパレードなのだ。

 父にとって、私の逮捕・投獄は、バレると親戚一同の間で、体裁の悪いひたすら不快な秘密でしかない。
 とにかく、父は、息子の私から見てさえ、生きている価値のないゴミである。
 もともと他人である母にとっては、ますますそうであったろう。
 異常な一族による異常な嫁いびりも多発したようだ。
 もちろん、そんな時に父は、母を擁護しない。
 むしろ、おじ・おばの側につく。

 そもそも家庭を持つ資格のない男なのだ。

27 名前:外山恒一 〈35才。無職。崩壊家庭のアダルト・チルドレン〉  発信日:2006年 9月 9日(土) 15時05分
私の恥ずかしい告白を聞いてください  3
 http://www.warewaredan.com/2006/04/4_2.html

 だから、母の私たち、子供に対する「愛情」が、歪つなものとなることには、客観的には同情の余地なしとはしない。

 だが、私たちは、その犠牲者なのだ。
 14歳で、ごく正常に「反抗期」を迎えた私に対して、母は、徹底的に対決してきた。
 反抗期の子供に対して、母親として、もっとも「やってはいけないこと」だ。

 母の求める理想の子供像から逸脱していく私を、母は、絶対に認めようとはせず、自分の思いどおりに矯正しようとした。

 母は、当時から、現在に至るまで、私に対して「自分だけが正しいと思っているだろう」と云うが、それは、実は母の無意識的な「自供」だったのだと今の私は思う。
 母は、私の生き方を「間違った」ものとみなし、自らの「正しさ」を信じて疑わなかった。

 母は、常に中高生時代の管理派教師たちをはじめとする私の敵対者たちと通じてきた。
 実は、今回の投獄に至る過程においてもそうであった。
 自称「被害者」の元彼女や、それを「支援」するクソ左翼の活動家や刑事たちと母は、すぐに通じた。

 私には、そのメカニズムが、長いこと謎であった。
 母は母なりに、私のためによかれと思って行動した結果が、そうなるのだろう、不愉快なことだが悪気があるわけではないのだから我慢しようと、漠然と思っていた。

 だが、今は分かる。
 母は、私がこうなったのは自分のせいではないと云いたかったのだ。

 私が「ヒトサマ」に「迷惑」をかける。
 それは私の育て方が悪かったのかもしれないという不安がある。
 その不安を、母は打ち消したい。こういう母を敵が篭絡するのは、簡単だ。
 とくに管理派教師や警察といった「権力」方面の私の敵たちは、私のような人間ができあがるのは、きっと両親の教育に原因があったのだと考える。
 つまり、「日教組」みたいな親に育てられて、こうなったのだろうと漠然と想像している。
 しかし、呼び出して会ってみると、まったくそんなことはない。

 むしろ、私の両親は、一見、ごく平凡な保守的大衆だ。
 そこで、やつらは云う。
「どんな異常な親が現れるのかと思っていたら、お母さんはマトモじゃないですか」。
 母は、この言葉に飛びつくのだ。

 そうです、私はマトモなんです、私の子育ては正しかったはずなのに、どういうわけか息子は道を誤ってしまったんです。

 やつらは、とどめの一言をつきつける。
「まったくお母さんのおっしゃるとおりです。ぜひ、力を合わせて、恒一くんを更正させようじゃありませんか」
 こうして、母は、敵の手に落ちる。

 これまで、何度も何度も繰り返されてきたのは、こういうことだったのだ。
 母は、私のためを思って、しかし、考えが足らないから、結果的に敵陣営に身を投じてきたのではない。
 母は、ただ自らの正しさを周囲に認めてもらいたかっただけなのだ……。

28 名前:外山恒一 〈36才。無職。崩壊家庭のアダルト・チルドレン〉  発信日:2006年 12月 3日(日) 14時05分
私の恥ずかしい告白を聞いてください  4
 http://www.warewaredan.com/2006/04/4_2.html

 思い返せば、母は異常だ。

 私は、18歳で、単行本デビューを果たした。

 14歳から、ずっと「小説家になる」と公言してきた私が、小説ではないにしろ、ほぼ「夢」をかなえたのだ。
 母親としては、喜ばなければならないところだ。

 それは母親としての義務ですらあると思う。

 別にそのことを口に出さなくともよい。
 口では悪しざまに云っても、内心、祝福してくれていれば、子供である私に、それは自然に伝わる。

 しかし、もちろん、母は、本気で私の「成功」を不快に思っていた。
 今、思えば、あの時が、私の「反抗期」をなんとか正常の範囲内で終わらせる最後のチャンスだったのだ。

 両親や教師たちに反抗を繰り返す。
 その延長線上で、念願の「作家デビュー」を果たす。

 教師たちは、ともかく、少なくとも母が、この時点で、そこに至る私の努力・苦しみを認めて、「自立」への出発を祝福してくれれば、おそらく、私の「反抗期」は終了した。

 母は、私の「失敗」を望んでいた。
 本当に心から望んでいた。

 私は、何度も活動拠点の維持に失敗し、その滞納した家賃などを母親に尻ぬぐいさせてきた。
 もちろん、そのたびに母は小言を云ったが、今にして私は思う。

 そんな時、母は、無意識に、むしろ狂喜していたのだ。

 自覚はないだろう。
「いつまでたっても自立できない情けない息子だ」と嘆いたろう。

 だが、実は、それこそが母の望んだ結果だったのだ。

 私が、母の望まない方向で「成功」してしまうことは、母にとって、敗北を意味するのだ。

 そして、私の「失敗」の遠因も、実はそこにあった。
 私が「成功」しようと努力するのは、私の「正しさ」を何よりも母に認めさせたいがためだったのだ。

 そんな「不純」な動機で、とくに不特定多数の他者を巻き込む「運動」が成功するわけがない。
 もちろん、私が、私の「運動」を支えてきたこの本当の「動機」に気がついたのも、獄中での内省によってである。

 自分が、まさか、そこまで母親に「呪縛」されていたとは、思いもよらなかった。

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